知ることから支え合いへ、福岡の子どもの貧困問題【第2回 貧困がもたらす生きづらさ①】
子どもの貧困問題に取り組んでいる筑紫女学園大学の大西良(おおにしりょう)先生に、これまでの活動を通して感じたことや身近なエピソードを交えながら、貧困が子どもたちにもたらすさまざまな不利の連鎖と生きづらさについて紹介してもらいます。第2回のテーマは「貧困がもたらす生きづらさ」。子どもの貧困問題の今と未来を一緒に考えてみませんか。
経済的な事情で部活を続けられない中学生
はじめに、私が経験したエピソードをご紹介します。私がスクールカウンセラーとして勤めていた中学校で、ある男子生徒(中学3年生)と出会いました。活発で友達も多く、相談室に時々顔を出しては、私にも気さくに声をかけてくれる子でした。
ある日、相談室に遊びに来た彼がふと、次のようなを話をしたのです。
「先生、僕は中学校の3年間、最後までサッカーをしたかったんだ。でもそれはできなかった。2年生の時、顧問の先生に『友達との人間関係が嫌で部活を辞めます』と伝えて退部したけど、本当の理由は、家にスパイクとユニフォームを買うお金がなかったから。仕事を頑張っているお母さんにこれ以上お金のことで負担をかけたくなかった。誰にも相談できなくて、結局、顧問の先生に嘘をついて辞めたんだ」。
この時の彼の言葉と険しい表情でうつむいていた姿は、今も私の心に焼きついています。いつも目にしていた彼とはまったく違う姿、そして思わぬ話に、私はどのような言葉をかけて良いのか分からず、互いに沈黙の時間が過ぎていきました。しばらくして、彼は「先生、気にしないでね」と言い、笑顔で相談室を退室していったのです。
子どもたちの将来の夢や希望を蝕む「相対的貧困」
部活動は責任感、連帯感、努力の末の達成感、異学年や他校との交流など、多感な年齢の子どもたちにとって意義が多いもの。彼もいろいろな学びを得ていたはずです。
しかし、自分ではどうしようできない理由で継続できない(続けるという選択ができない)という体験は、彼の心に影を落とし、嘘の理由を言ったという苦しさも残っていたのではないでしょうか。ですから、時間が経ってカウンセラーである私に本心を打ち明けたのではないかと思います。
どんなに努力しても、いくら能力があっても、経済的理由から自分自身で「あきらめる」という行為を選択することは、「何をやっても結局は無駄」という感覚を生じさせます。やがて、「やればできる」「頑張ってみたい」という感情が乏しくなってしまうのです。
第1回で触れたように相対的貧困率(※)が高い数字を維持している現状では、“不利の連鎖”によって、子どもはさまざまな生きづらさを抱えることになります。とりわけ、貧困によって子どもが将来に対して夢や希望を持てないこと、意欲を失うことは、社会にとっては大きな損失ではないかと私は思います。
あきらめ傷つきながら暮らしている子どもたちに対し、私たちに何ができるのかを考え、できることから行動に移していくことが、未来を育むことにつながるのではないでしょうか。
※1…「相対的貧困率」とは…国や地域の水準の中で比較して、大多数よりも貧しい状態にある人の割合をさします。
profile
大西 良(おおにし りょう)先生
筑紫女学園大学 人間科学部 人間科学科 心理・社会福祉専攻 准教授
筑紫女学園大学 大学院 人間科学研究科 准教授
大学に勤めるかたわら、福岡県筑豊地区の小・中学校でスクールカウンセラーとして勤務。また、子ども食堂の支援や夜回り活動など、子どもの貧困問題にも取り組んでいる。