絵本の世界に包まれるような瞬間が味わえる『ぼんさいじいさま』
書店「からすのほんや」店主・からすちゃんが選ぶ、子どもと、本と(21)
今回は、私が毎年、子どもたちと読み合う絵本をご紹介したいと思います。
ある日、おじいさんが大切にしているしだれ桜のぼんさいをうっとりながめていると、その桜の枝に、ひいらぎの冠をつけた小さな「ひいらぎ少年」が現れます。ひいらぎ少年は、おじいさんに「お迎えに来ました」と言います。今日のことはずっと前から決まっていたことなのだと。そして、おじいさんはひいらぎ少年と同じように小さくなって、これまで出会ったみんなにさよならの挨拶をします。
ヒナの時に高い木の巣から落ち、戻れずに困っていたところをおじいさんが拾い、育てた山鳩のプン。荷馬車にひかれて骨を折った時におじいさんが助けた、ねこのクリ。若かった頃、おじいさんと一緒に働いた馬のサクラ。おじいさんの家の周りに住んでいた、たくさんの生き物たちに見送られ、おじいさんは裏木戸を出ていきます。
最後のシーンはとても美しく、自分自身が絵本の世界に包まれるような素敵な瞬間を味わっていただきたいので、ここでは秘密にしておきますね。
地域の方々がたくさんかかわりを持ってくださるある小学校で、この絵本を読み聞かせしたことがあります。6年生の教室でこの本を読み聞かせした後に、ひとりの子が教室を飛び出して、廊下を歩いて帰る途中の私を呼び止め、こう言いました。「中学校に行っても、一生懸命がんばります!」と。
地域の方々から、たくさんの愛情をもらって育った子どもからあふれた言葉。自分の周りにいる大人たちから手渡された、たくさんの温かなものを心に受け取っているからこそ、この絵本の世界をより深く感じられたのでしょう。現実世界の温かな経験と、作品の持つ力が奏でる協奏曲のようなあの出来事は、今も忘れられません。
「命いっぱい、まっすぐに優しく生きてきた一生だった」と思える最期を迎えられるように、これからも一生懸命頑張って生きようという思いが込められた、あの子のメッセージ。「死」というテーマは、その裏側の「生」を見せてくれるのだとも感じた瞬間でした。子どもたちとこの絵本を読み合うたびに、私もそうありたいと背筋を伸ばす春。
しばらく手に入らなかったのですが、復刻版が刊行されたそうです。一度どこかで手に取っていただき、この絵本の世界に包み込まれるあの時間を、みなさんにも味わっていただけたらいいな。
今回ご紹介した本
『ぼんさいじいさま』
作:木葉井 悦子
瑞雲舎
profile
芳野仁子(よしののりこ)さん
子どもの本とおもちゃの専門店「からすのほんや」店主。雑誌や新聞で絵本や子育てに関するコラムを執筆するほか、子育てに関する講座の講師も務める。
小学生対象のフリースクール「みんなのおうち」、考える力を楽しく養うキッズスクール「ひみつの国語塾」を運営。「一般社団法人 家庭教育研究機構」代表理事。
からすのほんやホームページ
http://karasubook.com/