親子の手がつむぐ おだやかでかけがえのないものがたり『その手がおぼえてる』

親子の手がつむぐ おだやかでかけがえのないものがたり『その手がおぼえてる』

書店「からすのほんや」店主・からすちゃんが選ぶ、子どもと、本と⑦


進学や就職の決まった子どもたちから、うれしい便りが届くこの季節。自分の未来をまっすぐに見つめ、一歩を踏み出そうとする、まばゆいばかりの若いエネルギーに喜びを感じます。そのそばで、彼らの旅立ちを見送る親の気持ちを思うと、なぜかちょっぴり切ないのは、私だけでしょうか? 生まれてからずっと、そばで見守ってきた大切なわが子の出発ですものね。勢いよく背中を押したい気持ちと共に、「ひとりでやっていけるだろうか?」と心配な気持ちが入り混じる。そんなあなたに読んでほしいのが、この作品です。

絵本の最初のページは、大きなおなかにやさしく語りかけるような妊婦さんの絵。ページをめくると、ベッドに横たわるお母さんと赤ちゃんの姿が描かれています。子どもが生まれ、その子の小さな手を握り、子守唄を歌いながら寝かしつけた夜の様子。次には、その子がお母さんの手を握り、初めて立った日のこと。そして、ジャンプもスキップもできるようになり、時々転んだり落っこちたりすると、お母さんがやさしく汚れた手を洗ってくれた時のこと。一緒にパンを作った日のこと。さまざまな親子の思い出が、子どもの成長とともに描かれています。絵本のページをめくるごとに自分の子育ての日々が重なるような、子どもとの風景。
絵本の中の男の子は、やがて、手をつながなくても通りを渡れるようになり、さらに成長したその子は、お母さんの手から旅立ち、自立していきます。やがて息子は家を離れ、母親は髪もすっかり白くなります。ふたりはその後、どんな時間を過ごすのでしょうね。

2年前、親の介護に疲れていた私に、ある方がこう言ってくださいました。「親に何かしてあげることだけが親孝行だと思っているのなら、それは違うわよ。あなたが生き生きと幸せに生きていること。それが親の幸せなのよ」。この絵本を読んだときに、その言葉を思い出しました。最後のページは、子どもの側の私にも染み入るものがありました。

日常に追われると、親子げんかして腹の立つこともあったりするけれど、こういう作品に触れると、しみじみと「親子って、いいな」って思います。
もうすぐ春。この絵本のように、離れていてもここに変わらぬ愛があることを抱きしめた手で確かめ、わが子の力を信じ、その旅立ちを、誇らしげな最高の笑顔で送り出してもらえるといいなと願っています。

今回ご紹介した本

『その手がおぼえてる』
作:トニー・ジョンストン
絵:エイミー・ベイツ
訳:落合恵子
BL出版

profile

芳野仁子(よしののりこ)さん

芳野仁子(よしののりこ)さん


子どもの本とおもちゃの専門店「からすのほんや」店主。雑誌や新聞で絵本や子育てに関するコラムを執筆するほか、子育てに関する講座の講師も務める。
小学生対象のフリースクール「みんなのおうち」、考える力を楽しく養うキッズスクール「ひみつの国語塾」を運営。「一般社団法人 家庭教育研究機構」代表理事。
からすのほんやホームページ
http://karasubook.com/