ストンと心に落ちてくる昔ばなし『みるなのくら』
書店「からすのほんや」店主・からすちゃんが選ぶ、子どもと、本と⑥
さぁ、新しい一年が始まりましたね。毎年のことですが、新年を迎えると、自分の中のいろんなものがリセットされて、清らかな心持ちになるような気がします。昨年の心残りも、失敗も、一旦仕切り直して、また前に進むことのできる「お正月」。私は、このような年中行事に心を救われる気がします。みなさんはどうですか?
今回ご紹介するのは、そんな年の初めに読んでほしい作品です。
むかし、ある貧しい若者が山に薪をとりに行くと、ウグイスの美しい声が聞こえてきます。その声に誘われ、山の奥に迷い込みます。日が暮れてきて、途方に暮れていると、灯りがひとつ。そこは、美しいあねさまの屋敷で、見たことのないようなご馳走を並べて、若者をたいそうもてなしてくれました。
翌日、あねさまは若者に留守番を頼んで出かけます。あねさまが言うには、この屋敷には十二の蔵があるとのこと。「十一番目までの蔵は見ても良いけれど、最後の十二番目の蔵の中だけは見ないように」と、若者に言い残しました。
若者は、しばらくすると蔵の中を見たくなって、一の蔵から順に開けていきます。一の蔵にはお正月の様子。二の蔵には節分の豆まき、三の蔵では桃の節句の様子が見られました。若者は次々に蔵の扉を開け、中を見ていきます。
最後の蔵の前に来た時、若者は、あねさまに「決して見ないでくださいね」と言われたことを思い出したのですが、最後の蔵の中を見たくて仕方ありません。さて、若者はどうしたでしょうね。あなただったらどうしますか?
絵本の中で、若者が蔵の扉を開けると、読んでいる私たちも一緒に、毎月の年中行事や自然の変化が味わえます。はじめは絵本の世界を客観的に見ていたのですが、ページをめくるたびに、若者と自分が重なり、自分が蔵を開けているような不思議な感覚になります。
読み終えると、人が見ていなくても、いつも誠実でありたいという、自分の中にある良心を大切にしてほしいというメッセージが、こんなにもシンプルにストンと心に落ちてくる昔ばなしはない、と感じられると思います。
「春告鳥(ハルツゲドリ)」とも呼ばれる、ウグイスの美しい声が聞こえ始めるのは、もうそろそろ。子どもたちは、ウグイスの声を聞くたびに、心の本棚に並んだこのお話を思い出すかもしれませんね。
今回ご紹介した本
『みるなのくら』
再話:おざわとしお
絵:赤羽末吉
福音館書店
profile
芳野仁子(よしののりこ)さん
子どもの本とおもちゃの専門店「からすのほんや」店主。雑誌や新聞で絵本や子育てに関するコラムを執筆するほか、子育てに関する講座の講師も務める。
小学生対象のフリースクール「みんなのおうち」、考える力を楽しく養うキッズスクール「ひみつの国語塾」を運営。「一般社団法人 家庭教育研究機構」代表理事。
からすのほんやホームページ
http://karasubook.com/