昔ばなしのようにシンプルな物語の世界『おさるとぼうしうり』

昔ばなしのようにシンプルな物語の世界『おさるとぼうしうり』

書店「からすのほんや」店主・からすちゃんが選ぶ、子どもと、本と⑧


気温も程よくなって、帽子でもかぶってお出かけしたくなる季節。花壇に咲くチューリップの花を見ると私が本棚から取り出す定番絵本を、ご紹介したいと思います。

表紙のおひげのおじさんは、帽子を売る行商人。ところが、このおじさん。ちょっとユニークなスタイルで帽子を売っています。行商人と言えば、普通なら売り物の帽子は背中に背負って歩くイメージですよね。でも、おじさんは自分の格子縞(こうしじま)の帽子の上に、たくさんの帽子をまっ直ぐ積み上げます。さらに、帽子を落としてはいけないので、背筋をピンと伸ばして、なんとも礼儀正しい姿勢で帽子を売り歩きます。

ある日、朝からひとつも帽子が売れず、田舎の方に行ってみることにしました。途中、大きな木にもたれて、休憩することに。ひと眠りして目を覚ますと、たくさんあったはずの帽子がどこかに消えてしまいました。残ったのは、自分の格子縞の帽子だけ。周囲を捜してもどこにも見当たりません。
帽子はどこに行ったと思いますか? 休憩していた木を見上げると、そこには帽子をかぶった、たくさんのサルの姿がありました。

困ったおじさんは、帽子を取り返そうとします。最初は、指を突きつけ帽子を「返してくれ」と言いますが、返してくれません。次は両方の手を振り上げて「返せ!」と言います。それでも返してくれません。すっかり腹を立てたおじさんは、片足を踏み鳴らし「とっとと帽子を返せ!」と言うのですが、サルたちは、おじさんの真似をして足を踏み鳴らすだけで、一向に帽子を返してはくれません。ところが、最後は予想外の展開で、この事態は無事に解決できてしまうんです。
  
子どもたちは、まずこのおじさんの珍妙な挿絵を見てクスクスと笑います。そして昔ばなしのようにシンプルな物語の世界に、あっという間に引き込まれていきます。挿絵のあちこちに、チューリップのようなお花が描かれているのを探しながら、子どもがひとりでページをめくって絵本の世界を楽しんでいるのを見ると、読書ができるようになったんだなぁと、その成長をうれしく感じたりもします。

大人は、サルたちに腹を立てて地団駄を踏んでいるおじさんの姿が自分に重なったりして、自らを省みちゃったりもするかもしれません。できれば、日頃のいろんなお困りごとも、おじさんのような思わぬ展開で、一件落着といきたいものだと願ったりもしながら…。親子で楽しんでいただける作品だと思いますよ。
春休み。みなさまに、しあわせな本との出会いがあるといいなと思っています。

今回ご紹介した本

『おさるとぼうしうり』
作・絵:エズフィール・スロボドキーナ
訳:まつおかきょうこ
福音館書店

profile

芳野仁子(よしののりこ)さん

芳野仁子(よしののりこ)さん

子どもの本とおもちゃの専門店「からすのほんや」店主。雑誌や新聞で絵本や子育てに関するコラムを執筆するほか、子育てに関する講座の講師も務める。
小学生対象のフリースクール「みんなのおうち」、考える力を楽しく養うキッズスクール「ひみつの国語塾」を運営。「一般社団法人 家庭教育研究機構」代表理事。
からすのほんやホームページ
http://karasubook.com/