安武信吾さんとはなちゃんの、今。あれから10年、父の子育て 第1話
原作が大きな反響を呼び、その後、テレビドラマ化や映画化されて話題となった『はなちゃんのみそ汁』。がんを患い、自らの余命を覚悟した母親の千恵さんが、一人娘のはなちゃんに教えたみそ汁作りは、娘と父に今も大切に受け継がれています。当時5歳だったはなちゃんは、今年で15歳になりました。父親の安武信吾さんは、千恵さん亡き後の10年間、どんなふうにはなちゃんと向き合ってきたのでしょうか。これまでの子育てと現在のお二人について、2話にわたってご紹介します。
家事をしながら2人で過ごす朝のひととき
安武信吾さんは現在55歳。西日本新聞社の編集委員として多忙な日々を送りながら、高校1年生の娘、はなちゃんと福岡市内で2人暮らしをしています。
安武さん:
「みそ汁は今も毎朝、はなが作っています。中学生まではよく晩ご飯の支度もしてくれていましたが、高校生になると塾や習い事が忙しくて、最近はゆっくり家にいる時間も少ないですね。私より帰りが遅くなることもしばしばです。
今、2人で過ごせる時間は朝ぐらいかな。僕は毎朝5時半に起きて掃除や洗濯をしていますけど、自分だけ起きるのは悔しいので、無理やり娘も起こして(笑)。娘がみそ汁を、僕がその他の朝食を準備します。
2人分の弁当も僕が作っていますよ。でも、盛り付けだけはどうしてもやらせてくれません。僕はセンスがないらしく(笑)、おかずの配置とかあしらいとか、そういうのは自分でやらないと気が済まないみたいです」
“ながら会話”で、娘の日常をさりげなく聞く
朝食の支度をする、13歳のころのはなちゃん。すっかり慣れた手つきです。
安武さんにとって、朝の時間はとても大切なはなちゃんとのひと時。そこにはこんな理由もありました。
安武さん:
「一緒に家のことをしながら、はなの近況なども聞くことができるからです。
よく思うのですが、子どもが今、学校でどんなことをしているかとか、何を考えているかとか、そんなことを知りたかったら、正面から構えるより何かをしながらの方がいいような気がします。面と向かって『何か悩みはないか?』『困ってないか?』なんて話し掛けても、思春期の子どもはなかなか口を開いてくれません。でも、お互い洗い物をしたり洗濯物をたたんだりしながらの“ながら会話”なら、より自然に会話できるし、本音も語りやすいのではないかと思います」
父親から先に近況を話し、娘に促してみる
「取材の後、娘と食事に行く」という安武さんにお願いして、
はなちゃんにも取材に顔を出していただきました。はなちゃんも15歳。今は高校生です。
安武さん:
「僕はいつも、まずは先に自分のことから話すようにしています。『パパさぁ、会社でイヤなことがあってねー』という具合に話し掛けると、娘も『はなだってこんなことがあったんだよ』みたいな感じで話にのってきてくれます。
2人で一緒に家事をする朝は、娘の学校のことや悩み事をさりげなく知る貴重な時間でもありますね」
千恵さん亡き後、仕事や家事、育児に突っ走った数年間
安武さんの帰宅が仕事で遅くなるときは、近所の飲食店がはなちゃんの“学童保育所”だったのだそうです。
迎えに行くと、はなちゃんが眠ってしまっていることも。
「地域の人たちの支えがあったから、苦しい時期を乗り越えられた」と安武さん。
今でこそ楽しそうな安武さんとはなちゃんの日常。でも、2人の生活が始まった当初は、当然のことながらとてもそのような状況ではなかったと言います。
安武さん:
「千恵が亡くなってから、はなとどんなふうに暮らしてきたのか。数年間の記憶がほとんどないんです。きっと、仕事や家事や育児にただただ突っ走っていたからでしょう。物理的にもよく走っていた(笑)。仕事を終えて保育園に迎えに行くには走らないと間に合わなかった。その後も、ご飯を作って食べさせて、家事を済ませたらすでに深夜。合い間に、はなの世話もしなくちゃいけない。ゴルフや仕事仲間との夜のつき合いもやめざるを得ませんでした。
そういえば、はなに『絵本を読んでほしい』とせがまれると、できるだけ短いものを選んだり、2〜3ページ飛ばして読んだりもしてましたね(笑)」
子どもを叱るのは、たいてい親の“自己都合”
もともと、家庭より仕事を優先するサラリーマンだった安武さん。慣れない家事や子育ては思うようにいかないことも多く、当時はよくはなちゃんを叱っていたとか。
安武さん:
「そもそも僕が早起きをするようになったきっかけは、『はなちゃんのみそ汁』の原稿を書くためでした。でも、千恵が亡くなって精神的にも余裕がない中、仕事や家事に追われる中での執筆はなかなかはかどりません。
原稿は進まない。はなは時間になっても起きないし、宿題もしてない。家事はうまくいかない。そんな焦りの中で、はなに声を荒らげることもしょっちゅう。
でも、よくよく考えてみると、親が子どもを叱るのはほとんどが大人の“自己都合”なんですよね。仕事が忙しかったり、家のことがスムーズにいなかったりと、焦りの原因は自分にあるのに、つい子どものせいにして叱ってしまう。
イライラは自分のゆとりのなさだと気づいてからは、『だったら子どもを叱るより自分の生活を変えてみるべきだ』と。それからは時間にも気持ちにも余裕を持てるよう、さらに早く起きるようにしました」
父親の子育てには、同世代の子を持つ仲間の存在も不可欠
6年前から交流が続いている、農業仲間たちとの一枚。
はなちゃんは今、高校1年生。思春期に近づくにつれ、娘との接し方には戸惑うことも多かったのでは?
安武さん:
「男親には、娘のこととなるとわからない部分も多いですよね。ですから、困った時のために相談できる知り合いや仲間を持つことは、子どものためにも大切だと思うようになりました。
仲間とのつながりを持つために、僕が取った方法にPTAや子ども会の活動があります。周りはみんな、同じ年頃の子どもを持つ母親や父親ですから、娘を育てる父親にとっては何かと頼りになることも多く、とても助かりました。
もちろん、千恵の友人の方々もことあるごとに私たちをサポートしてくれて…。人のつながりには感謝ですね」
千恵さんを亡くしてからたくさんの苦労を重ねた安武さんですが、今は、はなちゃんとのしっかりとした親子関係を築いているようです。第2話では、千恵さんが大切にしてきた食にまつわる子育てについてお聞きします。
profile
安武信吾(やすたけしんご)さん
西日本新聞社編集委員。1963年生まれ。福岡県宮若市出身。1988年、西日本新聞社入社。久留米総局、宗像支局、運動部、出版部、地域づくり事業部などを経て、2015年8月から現職。西日本新聞で連載「はなパパの食べることは生きること」を執筆(2015年9月~2017年3月)。著書は、がん闘病中の妻と幼い娘とのくらしを綴ったノンフィクション『はなちゃんのみそ汁』(文藝春秋)。2016年、俳優の広末涼子さんが主演を務める同名の映画が全国で公開された。
西日本新聞社:https://www.nishinippon.co.jp/hanbai/hanapapa/