“居場所づくり”から見える、子どもを育む大切なこと 第1話
目の前に松林が広がり、その向こうは玄界灘。福岡市西区の海辺に佇む古民家を改装した「生の松原 子どもスコーレ」には、毎週土曜日になると小学生を中心に子どもたちが集まり、いろいろなワークショップを楽しんでいます。
家庭でも学校でもない、もうひとつの居場所づくりを。そんな思いで6年前にオープンした”子どもスコーレ”を主宰する山下麻里(やましたまり)さんに、そのとりくみや子どもに対する思いをお聞きしました。2話にわたってご紹介します。
6年前にオープンした「生の松原 子どもスコーレ」
多彩なワークショップを通じて子どもたちの感性を育む「生の松原 子どもスコーレ」を主宰する山下麻里さん。「絵本カーニバル」などの子どものイベントを数多く行うと同時に、絵本をモチーフにした空間デザインや、イベントプランナーである坂口麻衣子(さかぐちまいこ)さんとのワークショップユニット「nina nino(ニ―ナニーノ)」として福岡を中心にさまざまなワークショップを開催したり、アリエスブックスとして絵本の出版を手掛けたりしながら、たくさんの子どもたちと関わっています。
そんな山下さんが、各地で『チルドレンズ・ミュージアム』をプロデュースする目黒実(めぐろみのる)さんと坂口さんと共に2012年に立ち上げたのがこの、『生の松原 子どもスコーレ』です。
子どもの第3の居場所としてスコーレを
山下さんが空間デザインを担当した保育園。
子どもたちと絵本の距離を近づけます(写真下)。
山下さん:
「家庭でも学校でもない、子どもの第3の居場所をつくろうというのが設立の目的です。当時、私は九州大学で目黒が主宰していた『絵本カーニバル』など、子どものイベントに企画などで参加していました。『絵本カーニバル』は、普段は本がない場所、例えば病院や公民館などを絵本でいっぱいにして非日常的な空間をつくり、子どもたちを迎えるイベントです。でも、イベントではなく恒常的に、子どもたちが時間の過ごし方を子どもたち自身で好きに決められる…そんな場所をどこかに設けられないかという気持ちがあったんです」
シングルマザーとして子育て真っ最中だった山下さん
当時、山下さんは私生活でもシングルマザーとして一人息子の子育て真っ最中だったそうです。
山下さん:
「その頃、息子は小学校の低学年でしたが、結構なやんちゃぶりで、私自身もどう接するか悩むところもありました。
いくら言ってもおもちゃの空き箱を捨てない。講演会に連れて行ったら1人で会場を走り回る…。息子のそんな行動も、実は箱もおもちゃと同様彼の大事なものであったり、講演会では走りながらも話を聞いていて質問コーナーでは率先して手を挙げたりと、彼なりの時間と空間の使い方だったんですね。彼と私は違う人間なので、いろいろと困惑することもありましたが(笑)。
そんな息子が小学校になってすぐ、私にこんな質問をしました。『なんで学校では先生が子どもたちにいろいろと命令するの?』と。私は『そうやって、みんなで一緒に世の中のいろんなことを学んでいく場所なんだよ』と伝えましたが、息子は納得がいかない様子。私の中でもその問いは、ずっと引っかかっていました」
子どもにはのびのび楽しめる居場所が必要
「生の松原 子どもスコーレ」で行ったワークショップの様子。
山下さん:
「息子は周りとうまくなじめないところもあり、小学3年生で不登校になって、半年間ほど学校に行きませんでした。始めのうちは私が付き添って学校に連れて行っていましたが、すぐに帯状疱疹が出て、それからは無理に連れていくことはやめました。このまま彼が学校や社会から離れてしまうことへの恐れや焦りを、私から敏感に感じ取っていたのかもしれません。彼からのサインを受け取って一番に見守るべき家族が、プレッシャーになってしまっていたのです。
こんなふうに、口には出せないけれど、家庭でも学校でも、何かしら窮屈な思いをしてしまっている子どもたちがいるのではないかと思うんです。
だからこそ、子どもにとって家庭や学校以外にも、もっと自由で、誰からも縛られることなく、のびのび子どもである“今”という時間を楽しめる場所があればいいだろうなと。子どもたちにとって、そういう居場所になったらいいなと思ってつくったのが『生の松原 子どもスコーレ』です」
これまでのとりくみを継続的に実践したい
絵本作家・荒井良二さんと子どもたちが、一緒に福岡市美術館の
リニューアル工事中に仮囲いに飾る絵を描いたワークショップ。
一方で山下さんには、これまで目黒さんと共に各地で手掛けてきたイベントやとりくみを実践したいという思いもありました。
山下さん:
「絵を描く、物語を読む、書く、いろいろなものを感じて創作する。評点がつかない、授業では教わらないような活動を、一つの拠点を設けてそこから継続的に発信したかったんです」
大人の価値観から子どもを解放すること
そんなスコーレのワークショップの目的は、発見(Discovery)です。
山下さん:
「子どもたちは遊びからいろいろなことを学び、身につけていきます。外から受けるさまざまな刺激には日々新しい発見があり、自分の中に取り込んで消化し、また繰り返し反芻しながら成長していく。『生きてるっておもしろい!』という発見の時間を持てること、それ自体が肯定されていること。成長の過程で必要不可欠なことですが、どうしても大人は自分の価値観の中で『危険だからダメ』『汚いからダメ』とストップをかけてしまうことがあります。
私が小学校低学年の頃、学校内の事故で同級生が亡くなるということがあったんです。私も含め、同じ部屋にいた子どもたちはその現場に居合わせていました。
後日、彼らは亡くなった子のお墓を粘土でつくり、“お葬式ごっこ”をしていて。幼いながらに私は、そこにどう居たらいいのかわからなかった記憶が強く残っています。
もしかしたら、彼らは“お葬式ごっこ”という行為を通じて、無意識に死ということを理解しよう、もやもやとした自分の心と折り合いをつけようとしていたのかもしれません。でも、周りの大人は、『不謹慎だ』とか『失礼だ』ということで、それを止めさせようとしてしまう。
大人の都合ということだけでなく、『子どものために』と思う“大人の価値観”からも、子どもたちが解放される時間があることで、子どもが自身の情動に気づいたり、それを理解したり表現したりできる瞬間も生まれるのではないかと思っています」。
子どもが本当の意味で自由になる、というのがどういうことかを模索してきた山下さん。子どもスコーレは子どもが自由になる場であると同時に、大人が子どもから学べる場でもあるのでしょう。第2話では、「生の松原 子どもスコーレ」で山下さんが子どもとどのように接しているかを中心に、お話をお聞きします。
profile
山下麻里(やましたまり)さん
「生の松原 子どもスコーレ」主宰。合同会社hact代表社員、財団法人子ども未来研究センター理事。グラフィックデザイナー、編集者としても活躍しており、子どもの本の出版社「アリエスブックス」の発行人として、出版に携わる。
・アリエスブックス
http://www.ariesbooks.jp